月の「大気」

English

Leonhard Euler (1707-1783)

[Leonhard Euler]









オイラーの観測と推測は正しいのか?

 月には「大気」がない。・・・我々の身のまわりにあるような濃い気体はない。
 月には「大気」がある。・・・星を取り巻き、高度によって濃淡が変化する極めて希薄な気体はある。

 オイラーは、1748年の金環日食の際に、「大気」を観察したという。 約3メートルの長さの望遠鏡により太陽の像を紙に写したところ、 日食の間はその像の半径が25"ほどその前後よりも膨張していたというのである。

[Homann-Mayer]  月の大気の存在は、二十年ほど前には否定されていた。 他の天体が月の縁に接近するときに屈折や散乱現象などが見られず、 実際の月面調査によっても大気の存在は否定されたためだ。 しかし、オイラーが主張する大気とは、 「光学現象に影響を引き起こす大気」である。 我々を取りまく大気の存在を主張しているのではない。 ある特殊な条件のもとでしか、その影響が観察されない現象を 数十年前までの大多数の天文学者は考慮していなかったのではないか?

 このページでは、彼の観測と推測は正しかったかどうかを考えたい。

ナトリウムとカリウムの大気(外気)

 1988年、月に極めて微量のナトリウムおよびカリウムの大気が あることが観測された。

Discovery of sodium and potassium vapor in the atmosphere of the moon
OBSERVATIONS OF SODIUM IN THE TENUOUS LUNAR ATMOSPHERE

 それは、まさしく微量で、1立方センチメートルあたり50ほどの 原子しかない。しかし、それでもナトリウムの場合、 共鳴散乱断面積が大きいため、もし月さえなければ地上からでも その光が見えるほどだという。

月の大気

 問題は、この極めて微量のナトリウムが、「金環日食」の時にどのくらい 光学現象に寄与するか、そしてオイラーの実験精度はどの程度だったか、 ということである。

 まず、地球に到達するまでに、どのくらいの割合の光子が散乱されるのだろうか? もちろん通常時はたいしたことはないかもしれない。 しかし、問題は「金環日食時」なのである。このナトリウムは太陽光の 光子そのものによって運ばれているという実験からの推測がある。

Rutgers Researchers Recreate The Moon's Atmosphere In The Lab
Lunar Atmosphere Reproduced in a Lab

 そうだとすると、金環日食時において、この大気は光学現象に 最大の影響をあたえることになるだろう。実際、以下のように月から地球に達する ナトリウム大気(外気)の長い尾が散乱に寄与する。

Lunar Observations with the Boston University Imaging System
The Moon's Sodium Tail and the Leonid Meteor Shower

 この特殊な状況下での月の周辺から地球までのナトリウムの単位面積あたりの 総量を求められれば、光学現象をある程度推測できる。 あとは、オイラーの実験精度を調べれば、目標は達成される。


影響の概算

 まずはラフな評価をしてみる。あくまで議論のための概算なので、信用しないように。
月の上空50km範囲から地球までのナトリウムの平均密度をひとまず10atms/cm^3にしてみる。 (本来は、3次元濃度データがあれば、積分で精密に求められる。)
この場合、コラム密度は、

10atms/cm^3*40,000,000,000cm=400,000,000,000=4*10^11 atms/cm^2

光量は、これに太陽放射圧に比例するg-factorをかけると求められる。 (ここも本来は積分で求めるべき。)

水星大気の生成メカニズムに関する研究
月と水星大気の比較

太陽放射圧は、月で2.3cm/s^2より大、水星で25-180cm/s^2というデータがあり、 また水星でのg-factorはおおよそ5から35の値を取っているので、0.5で計算してみると、

0.5*4*10^11=2*10^11 photns/cm^2/s

となる。(本来は、金環日食時の各点での放射圧で計算するべき。)
一方、太陽フラックスの強度のピークは600nm付近で、

5.18*10^14 photns/cm^2/s

だから、その付近の0.05%=2000分の1程度となり、 全体でいえばその数分の1から数十分の1程度で、 一万分の1から数十万分の1あたりだろうか。 そうすると、コロナが太陽の百万分の1の明るさ (満月程度)とされているから、かなり影響は大きいのではないだろうか。

 オイラーは、いったい何を見たのだろうか?
コロナの影響としている文献があったが、その影響は金環日食時以外でも 同様な状況を作って観測できる。オイラーがその程度の比較観測を しなかったとは思えない。
観測ミスか、それともナトリウム大気(外気)による散乱か?


Reg: 2006, Nov. 14
Title: "Atmosphere" of the Moon
Method: webpage
Content:
http://hiro2.pm.tokushima-u.ac.jp/~hiroki/major/euler5.html
EP: 163
[EulerWS2012]

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